評論・スマイレージミュージカル『スマイルファンタジー!』 終わりゆく「夢」と消えない出会い

演劇女子部スマイレージJukeboxミュージカル『スマイルファンタジー!』が、盛況のうちに千秋楽を迎えた。

演出/脚本は、『ステーシーズ』や『我らジャンヌ』、そして今年6月に行われたミュージカル『LILIUM』で、ハロプロファンの間では不動の名声が轟いている末満健一氏によるもの。
本作は、これまでの作品のような惨劇も絶叫もない。タイトルに「Jukebox」と銘打たれている通り、スマイレージの楽曲をフルに活用したジュークボックスのような、明るくて底抜けに楽しい、そしてちょっぴり切ないミュージカルだった。

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sf_omoteもうひとりの自分と出会う冒険。
アヤカ、カノン、カナ、アカリ、リナ、メイミの6人の少女たち。
アイドルとして人生を送る彼女たちは、ある日、不思議な世界へと足を踏み入れる。
そこは、もしも彼女たちがアイドルになっていなかったら生きたであろう「もうひとつの人生」。
彼女たちは if世界 で、自分ではない自分の人生を生きることとなる。
作品を彩るはスマイレージの数々の楽曲とこの作品のために書き下ろされる新曲!
武道館公演を迎え、さらにそのNEXTへと向かう等身大のスマイレージが挑む、
ポップ&キュートなジュークボックス・ミュージカル!!

脚本/演出:末満健一
音楽監督:和田俊輔
振付:YOSHIKO
プロデューサー:丹羽多聞アンドリウ(BS-TBS)
劇団プロジェクト

(※本記事は、多少のネタバレを含みます)

スマイレージという物語

この舞台でまず再確認できたのは、スマイレージという物語の強度だった。スマイレージは、デビュー以降、順風満帆とはいえない紆余曲折を経て、栄光と挫折の果てに現在の6人がある。しかもその6人体制も、「スマイレージ」という名前すらも、今年で消滅することが決定している。

このミュージカルは、そんなスマイレージの6人が、スマイレージ役として、8月の過密スケジュールをこなした後に慰労会を行う、というメタフィクション劇だ。こんな設定ができるほど物語性をもったグループもそうはいないが、しかも「スマイレージ最高」「この6人と出会えて良かった」と大団円を迎えるシナリオなのに、この舞台が終わってしばらくすると6人の「スマイレージ」ではなくなってしまうというドラマ。図らずも、この最悪のタイミングが、副作用として舞台に対する切なさや寂寥感を煽り、感動を増幅させる効果もあったと思う。

スマイレージの楽曲でないとできなかった舞台

この「Jukebox」ミュージカルは、スマイレージの楽曲をモチーフとして、それに沿ったミニ・シチュエーションコメディをテンポよく切り替えていくというユニークな構成だった。これもまた、スマイレージにしか出来なかっただろう。

ハロプロの楽曲(つんく♂ワークス)に、「乙女ソング」というカテゴリーがある。これは、プロデューサーのつんく♂が、まるで心の内に女子中学生を住まわせているかのように、あるいはイチゴのベッドで寝ているかのように、キラキラとした10代女子の恋愛観を反映させた曲のことだ。

古くはタンポポの『恋をしちゃいました!』のような曲だが、スマイレージにはこうした「乙女ソング」の佳曲がとても多い。インディーズデビュー作の『ぁまのじゃく』に始まり、『自転車チリリン』、『私の心』、『夕暮れ恋の時間』など枚挙にいとまがない。

本作では、それらの曲をつなぎあわせ、「私の理想の恋愛」として、メンバー1人に1曲ずつあてはめて「妄想恋愛シーン」を展開させていく構成となっている。さながら、マッチ売りの少女がマッチをすって見る幸せな夢のような。
(末満氏によると、事務所側から「これでミュージカルを」と楽曲リストを渡されたものの、統一性のある物語にするのが不可能だったのでこうした形式にした、とのこと。かなり無理難題なオファーだったようだ)

浴衣を着て金魚すくいに行く君、斉藤先輩と仲がいい君、風邪で休んだらメールをくれた君…、そんなスマイレージ楽曲に登場する主人公の相手の「君」が、劇団女子部で男性キャストがいないため、全てスマイレージメンバーの持ち回りで男装により演じられていく。これなら「恋愛」がテーマでもファンも身構えずに済むし、メンバーの意外な男装や「カップリング」も楽しめて、誰も損をしない。これも制約がプラスに転化できた部分と言えるだろう。

意味もなく涙とか出てきちゃう

パジャマパーティーでの妄想恋バナに始まった「物語」は、やがて武道館公演での思い出に至り、表題曲『スマイルファンタジー』で、メンバーからメンバーへの、そしてファンへの感謝が語られる。これはスマイレージの歩みを知る、思い入れのあるファンなら誰しもグッと来る感動的な演出であり、ここで涙ぐむのは当然のことだ。実際、筆者の周囲でもそこかしこから鼻をすする音や、息を殺した嗚咽が聞こえてきた。

しかし、筆者は比較的前半の、妄想恋バナのところからもう涙がこらえられなかったのだ。最初にウッと来てしまったのは、勝田里奈パート『プリーズ・ミニスカ・ポストウーマン』で、竹内君が勝田に愛の告白をするところ。それからは、もう竹内朱莉の『自転車チリリン』でも福田花音の『私の心』でも、もちろん和田彩花『ぁまのじゃく』でも、泣けて泣けて仕方ないのである。
(※注…といってもずっと泣いていたわけではなく、コメディパートでは常に笑いが絶えなかったが、時折現れる涙腺出現ポイントで容易に心の防波堤が決壊する、ということ)

なぜこんなに意味もなく涙とか出てきちゃうのか? と考えてみた。おそらく、「キラキラした今」の楽しさと、同時にそれが終わろうとしていること、そしてすでに終わってしまったことに対する郷愁がないまぜとなって胸を襲うからだろう。

「キラキラした今」は、今このステージを見ている瞬間。そして劇中の6人が演じている、改造計画をまだ知らない、武道館直後のスマイレージであって、さらにはアイドルとして、もしくはアイドルでない少女として過ごす、10代後半の青春だ。

「それが終わろうとしていること」は、誰が言わなくとも予感として分かる。初期メンバーの和田彩花と福田花音は、すでに大学生で成人に差し掛かりつつあり(和田は8月に成人)、いつまでもアイドルを続けていられるか分からないというのは、本人たちの口からも語られているとおりだ。劇中の女子達が演じる中学生、高校生時代も、それぞれ3年と完全に期日が区切られた青春時代だ。しかも、スマイレージの終わりは現実のものとして近づきつつある。劇中のスマイレージは、そのことを知らない。

そして客席に座る筆者は、すでに大昔にそうしたキラキラした時期(していたかもしれない時期)を過ぎている。この「終わってしまったことに対する郷愁」が胸を刺激する。中高生時代というのは、誰にとっても特別だ。劇中の妄想恋バナのような世界を体験した人の郷愁か、したかったけど出来なかった人の喪失感か、いずれにせよ多くの人の心にある「ボタン」を押す光景が、ステージ上にはあった。終わりの予感を感じながらも、青春を謳歌し、スマイレージの明日を信じている6人の姿は、ただただ愛しくて切ない。

『アリス』に込められた寓意

劇中の「スマイレージ」は、架空の新曲として、劇中歌『スマイルファンタジー』『かーてぃんこーるんるん』を歌う。この新曲衣装は、『不思議の国のアリス』をモチーフとした、猫耳やうさぎ耳のかわいい衣装だ。

実はここにも、末満氏の周到な寓意が込められているはずだ、と考えている。

『不思議の国のアリス』の筋書きを覚えておいでだろうか。
19世紀に書かれたこの話は、アリスがしゃべる白ウサギを追いかけて穴に落ち、不思議な動物たちと出会い、不思議な体験をする世界で最も有名な幻想譚だ。しかし、チェシャ猫やトランプの女王など、キャラクターを知っていても、話の結末を覚えている人は意外に少ない。最終章では、アリスがトランプ達の裁判を妨害し、トランプに襲いかかられた所で目を覚ます。完全な夢オチなのだ。

楽しい夢はいつかは覚める。そして今、その時が確実に近づいている。

舞台演劇は一期一会。今、その時、その場でしか存在しない儚いエンターテイメントだ。どんなに楽しいと思っても、映画と違って同じ舞台をふたたび見ることは出来ない。青春時代もも一瞬のきらめき、そしてアイドルもいつかは終わる夢だ。

ただ、アリスの夢と違うのは、この楽しい夢はただ和田彩花1人だけが見たものではなく、メンバーと我々が一緒に見てきた夢であることと、メンバーの、メンバーとファンとの、そして楽曲との出会いは決してなくならないリアルだ、ということだ。

出会いに「ありがとう」

この舞台は、もうすぐ形を変えようとしている「スマイレージ」というグループの、真の意味で記念碑的な作品となった。スマイレージの6人が出会ったことに、スマイレージが末満健一という天才演出家と出会ったことに、そしてこの『スマイルファンタジー』という舞台と出会えたことに、「ありがとう」と言いたい。

現在、新名称を募集中の「スマイレージ」に最もふさわしいグループ名として、筆者は「スマイルファンタジー」に票を投じるつもりだ。

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http://www.up-front-works.jp/smileage_groupname/

(文=宮元 望太郎)

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“評論・スマイレージミュージカル『スマイルファンタジー!』 終わりゆく「夢」と消えない出会い” への1件のコメント

  1. avatar アライブ名無しさん より:

    この文章を吉田豪さんがツイッターで紹介して末満さんがそれをリツイートしてるね

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